日曜日の朝。
まだ少し眠そうな長男がリビングへ降りてきた。
続いて妹も起きてくる。
テレビでは子ども向け番組が流れている。
キッチンでは母親が朝食の準備をしていた。
パンの焼ける香りが部屋に広がっている。
「お母さん、ジャム取って」
「はいはい」
「牛乳おかわり」
「自分で入れてね」
いつもの騒がしい朝だった。
そして、その輪の中には三人目の末っ子もいる。
まだ幼稚園に通う小さな男の子だった。
食卓を眺めながら、父親はふと思い出していた。
十数年前のことだった。
結婚して数年。
子どもは何人欲しいかという話になった。
二人は自然と同じ答えを口にした。
「三人かな」
特別な理由はなかった。
にぎやかな家庭が好きだった。
兄弟姉妹がいる暮らしが好きだった。
ただそれだけだった。
しかし当時、周囲からはよく言われた。
「三人は大変だよ」
「教育費がすごいよ」
「大学まで考えたら大変だ」
「老後資金も必要だしね」
どれも間違いではなかった。
実際、将来の教育費を試算すると驚くような数字が並んだ。
保育園。
教材費。
部活動。
修学旅行。
大学の学費。
下宿代。
子どもが嫌だったわけではない。
子どもは欲しかった。
ただ、不安が大きかった。
それが当時の多くの家庭だった。
しかし時代は少しずつ変わっていった。
保育費の負担が軽くなった。
学校で必要なお金の多くが公費化された。
大学進学への支援も拡充された。
教育に関する将来の見通しが立てやすくなった。
もちろん子育てにお金がかからなくなったわけではない。
食費もかかる。
洋服も必要だ。
旅行へ行けばお金も使う。
子どもが増えれば毎日は忙しくなる。
それでも一つだけ大きく変わったことがあった。
将来への不安が小さくなったのである。
「本当に育てられるだろうか」
という不安よりも、
「どんな子に育つだろう」
を考える時間が増えた。
ある日の夕方。
長男は学校であった出来事を話している。
長女は友達と遊んだ話をしている。
末っ子は一生懸命、その会話に混ざろうとしている。
食卓はにぎやかだった。
母親が笑いながら言った。
「毎日うるさいね」
父親も笑った。
「そうだな」
少し間を置いて、母親が言った。
「でも、三人にしてよかったね」
父親はうなずいた。
自分たちは特別な家庭ではない。
特別に裕福でもない。
特別に余裕があるわけでもない。
ただ、将来への不安が少し小さかった。
だから最初に思い描いた家族の形を選ぶことができた。
少子化対策とは、子どもを増やすことではない。
本当は欲しかった未来を選べるようにすることなのかもしれない。
三人目は最初から決めていた。
そんな家庭が少しずつ増えていく。
それもまた、未来への投資が生み出す変化の一つなのである。