みらい社会創造ラボ
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【コラム】 「ゼロを一に」より「一を二に」の方が、静かに難しい

子どもを持つかどうかの決断と、二人目を持つかどうかの決断は、性質が違う。


0を1にする決断が難しいのは、結婚や出産に対する価値観そのものが多様化しているからだ。結婚するかどうか、いつ結婚するか、子どもを持つかどうか。かつて当たり前とされていた道筋が、今では一つの選択肢に過ぎなくなった。


一方、1を2にする決断には、別の性質がある。

難産だった、体力的にもう限界だった。そうした事情で「一人で十分」と積極的に決めた家庭は、当然ある。しかし、それとは別に、二人目を人生設計の中で静かにあきらめている夫婦が、少なくないのではないか。


推測だけで終わらせるつもりはない。国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査には、この仮説を検証できるデータがある。


夫婦が理想とする子どもの数と、実際に持つ予定の子どもの数を尋ねると、平均理想子ども数に対して予定子ども数はそれを下回る。その差が生まれる理由として、最も多く選ばれ続けているのが「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」だ。


これに続くのが、「高年齢で生むのはいやだから」「これ以上、育児の心理的・肉体的負担に耐えられないから」「自分や夫婦の生活を大切にしたいから」といった理由である。


つまり、二人目を持たない理由の多くは、「産みたくない」という積極的な拒否ではなく、お金、年齢、体力、生活の質といった、現実的な制約の積み重ねだ。


ここに、政策が届く余地がある。


0を1にする決断は、価値観の領域だ。しかし1を2にする決断の多くは、条件の領域にある。条件が変われば、答えも変わる可能性がある。


ミライそなえが「二人目以降」を軸に据えている理由は、ここにある。

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